コラム Column

2019年07月09日

納税猶予の特例① 事業承継のタイミング

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事業承継税制は、中小企業の自社株式承継にかかる税負担を緩和して自社株式と事業の親子間承継を円滑に行えるようにすることを目的に平成20年10月1日以後の相続から適用されました。
創設当初からしばらくは、適用要件の厳しさから活用が広がりませんでした。活用の促進を図るため、何度か改正されましたが、抜本的な内容ではありませんでした。

ところが平成30年(2018年)に大きな改正があり、状況が変わりました。
自社株式にかかる相続税や贈与税は「ゼロ」で、後継者が自社株式を承継できるようになったのです。「納税猶予の特例」です。

「ゼロ」のインパクトは大きなものがあります。
「ゼロ」という言葉だけを聞いて、安心した経営者も少なからずいます。
銀行、証券会社、保険会社が会計事務所やコンサルティング会社と提携し、「自社株式の相続税贈与税ゼロ」と切り口に営業攻勢をかけています。

しかし、この事業承継税制、知れば知るほど複雑怪奇な制度になっています。
間違った情報提供が横行しています。
いかに税額を軽減するか、どのようにして納税猶予制度を活用するかということを目的にしたかのようなテクニカルな提案が溢れています。

人口減少といういままで誰も経験したことのない混迷の時代に突入していく日本。しかも経営環境は目まぐるしく変化します。
事業承継の本質は、いかにして後継者に経営を承継するかということです。事業がうまくいかなれば承継する事業もなくなってしまいます。
自社株式の承継は、後継者が安定的に事業に専念できるような環境を作ることが目的です。この目的達成のために納税というコストが生じます。後継者がこの納税コストに煩わされ、本業に影響が出たりすることがないように対策を講じる必要があります。
本質は、経営の承継なのです。

これに加え、民法の規定も考慮なければなりません。
民法の規定は、言い換えれば、家族の問題です。
家族の問題は、理屈では解決しません。できるだけ問題を生じさせないように、家族でコミュニケーションをとることが必要です。
民法の規定の問題の本質は、コミュニケーションで、税計算ではありません。

とはいえ、納税猶予の特例のインパクトは大です。
活用すれば、必ず税メリットが生じます。
この税制により、事業承継対策が根本から変わりました。
まず、「納税猶予の特例を検討してみるべき」になったのです。繰り返しになりますが、必ず税メリットが出るからです。

しかし、この税メリットを得るためにいくつかの障害を乗り越えなければなりません。
この障害は、それぞれの会社、ファミリーによってい異なります。似ているものはあっても同じものはないと言って過言ではありません。
我々が日々の事業承継コンサルティング実務から得た悩み、気付きをこのコラムで紹介していきたいと思います。


最初のテーマは、「事業承継のタイミング」です。
何をもって「事業承継」というのか…、これには様々な定義付けがあるように思えます。
そのなかでも分かりやすいのは、「社長交代」でしょう。「社長交代」のタイミングを持って事業承継が成ったと言うことはできると思います。
最も多い親族承継のパターンは、父親から息子への承継です。
では、いつ父親から息子へ社長交代するのでしょうか。

これは、とても悩ましい問題です。
父親から見ると息子はまだ危なっかしい、経験が足りないということがよくあるでしょう。創業者や自分が事業を大きくしたという自負がある父親は、もう少し自分がやりたいという気持ちがある場合も多いでしょう。
息子から見ると、まだ大きな責任を負いたくない、早く自分にまかせて欲しい、父親や古参のやり方は古いなど、息子側にも様々な感情があるでしょう。

納税猶予の特例は、2027年12月末までの優遇措置です。
父親から息子へ課税負担ゼロで株式を移動しようと思うと、2027年12月末までに株式承継を実行しなければなりません。

確実に納税猶予の特例を使おうと思うと、「贈与」する必要があります。
「相続」は、いつ発生するかわからないからです。

納税猶予の特例を使って自社株式を贈与しようと思うと、いくつかの要件があります。
要件の一つに「代表者交代」という要件があります。
そうなのです。納税猶予の特例を確実に活用しようと思うと、2027年12月末までに父親が息子に代表者を譲る必要があるのです。

2027年までに息子は経営者としてふさわしい人材に成長しているでしょうか。
地位が人を創ります。しかし、息子はその準備ができているでしょうか。準備ができていなければ地位についても期待通りには育たない場合があります。

我々のお客様には、社長の年齢が60歳くらい、息子の年齢が30歳前後という組み合わせの方が複数います。
社長が70歳前後であれば、「まぁ、10年以内には…」ということになるのですが、若い親子であれば、10年では経営者交代の目途が立たない場合があります。
それでも2027年までに社長は代表者を退き、息子に代表者を引き継がせるのでしょうか。本業は大丈夫でしょうか。個性の強い従業員は、力不足の新社長の下でモチベーションを維持できるでしょうか。

納税猶予の特例を利用して自社株式を後継者に承継させると、その自社株式は先代社長の相続が発生した際に相続財産に持ち戻しをすることになります。
その時の財産評価額は、贈与時の評価額です。
贈与時に自社株式の評価額を低く抑えることができれれば、その低い価額のまま相続税計算することができるようになります。
これは、納税猶予の特例のメリットの一つです。

どこかで聞いたような話です。

相続時精算課税制度という制度があります。
相続時精算課税制度は、贈与した財産を相続時に相続財産に持ち戻して、相続税を計算して精算するという制度です。
贈与を受けた財産を相続財産に持ち戻すときの評価額は、贈与時の評価額です。
贈与時に自社株式の評価額を低く抑えることができれば、その低い価額のまま相続税計算することができるようになります。

2027年12月までに自社株式を贈与して納税猶予の特例を活用することにこだわる必要はないのです。
自社株式の評価を下げる対策を講じることは必要です。株価が下がったタイミングで相続時精算課税制度を活用するという別の選択肢があります。

相続時精算課税を使うと、納税はゼロにはなりません。
しかし、納税猶予の特例も納税がゼロになって「免除」されているわけではありません。あくまで納税が「猶予」されているにすぎません。

「社長交代」という会社にとって極めて重要なイベントの時期が、税制によって左右さるなどということは、あってはなりません。
経済活動の結果、ついてくるものが納税です。納税のために経済活動に注力しているわけではないはずです。
納税猶予を使うために社長を交代するのではなく、社長を交代するときに存在する税優遇措置を検討すべきなのです。